はじめに
Nature Architects では様々な幾何形状を活かした設計が行われており、思いもよらない形が優れた性能を発揮する例が多くあります。
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こうした設計を行う上で、多様な形状を知っておくことは非常に有意義です。ここでは弊社でまだ扱っていない形状である文字 に着目し、様々な角度から学んでみようと思います。
文字とは
文字とは情報を伝達するための記号です。見やすく見分けやすいことが求められ、それゆえにシンプルながら個性的で洗練された形をしています。この形状の特徴が力学的な性能にどのように影響を及ぼすのか気になりますよね。この記事では特にひらがな を取り上げてお話していきます。
ひらがなの形はどのようにできているの?
まずはひらがなの形状について理解したいと思います。
成り立ち
ひらがなは日本の文字体系の1つであり、その起源は平安時代にまで遡ります。その時代、中国から伝わった漢字が万葉仮名として使用されていました。これが多くの人に習熟されるにつれて草書に書き崩した 字体が現れ、草仮名と呼ばれるようになりました。その後、読み書きの容易さを重視して簡略化した ひらがなが生まれたのです。[1]
漢字が主に男性貴族や官僚に使用されていたのに対し、ひらがなは女性や一般庶民に広く使われ、特に文学作品や日常の書簡などで多用されました。そうした文化の中で文字を美の対象とする意識が人々に芽生え、次第に変化を求めて一音節に複数の字体 が用いられたり、字形の優美さ が追求されたりするようになりました。[3]
最終的に今の形になったのは1900年(明治33年)です。活版印刷や教育の普及による字体数の減少の後、小学校令施行規則改正によって一音節一字体 に統一され現行のひらがなができました。
特徴
ひらがなは平安時代の日本の美意識を色濃く反映しています。その形状は筆由来の有機的で自然な曲線 [4] によって構成されており、柔らかな印象を与えます。また各文字が独自の曲線美を持っていることも特徴の1つです。
さらに、ひらがなの形状は使用されるフォントによっても大きく異なります。
例えば、明朝体の文字は、筆で書いたような形をしていて、とめ, はね, はらい などの装飾的な要素がある, 横線より縦線が太い といった特徴があります。可読性が高く古典的 でフォーマル な印象を与えます。
一方、ゴシック体の文字は、装飾がない, 線の太さが均一 であるのが特徴です。視認性が高く現代的 でカジュアル な印象を与えます。またゴシック体の先端を丸く した丸ゴシック体は親しみやすい 印象を与えます。
ちなみに本記事ページに使われているヒラギノ角ゴ ProNは、ゴシック体の1つであり現代的な明るさを残しつつもオーソドックスな印象を与える書体 [5] になっています。
その他にも、文字を習う人のため手書きの文字に近くなるよう考慮された学参フォント, ユニバーサルデザイン(UD)に対応し判別性の高いUDフォント, デザイン的に工夫されたデザインフォントなどが存在します。このようにフォントは、目的や用途に応じて使い分けられ文字の持つ多様な表現を引き出す、重要な形状要素となっています。
ひらがなの力学的な特性は?
形状の由来, 意図を学べたところで、次は実際に動かして挙動を見てみましょう。
方法
今回は以下の環境で動かします。
Rhino/Grasshopper 3D-CAD
Ansys LS-DYNA 動的陽解法による解析の実行に用いるCAE
( 1 ) 文字の取得
GrasshopperのQuery Installed Fonts (Fonts)とText On Surfaceという2つのコンポーネントを使うことで、好きな文字とフォントを選んで曲線として出力することができます。あるいは、Adobe illustratorを使えば様々なフォントで文字を表現できます。これをアウトライン化してSVGファイルに書き出すと、Grasshopperに曲線としてインポートできるようになります。
( 2 ) モデルの作成
曲線を押し出してSolidモデルに、材料の割り当てをしてメッシュを切ります。寸法, 材料は何でもよいですが、ここでは押出距離を文字の縦横の長さの25%程度に, 材料を押出材として一般に使用されるA6061-T6, 破壊を考慮しない多直線弾塑性のモデルに設定しています。
( 3 ) 解析
準備ができたら動的陽解法による衝突解析にトライします。
解析
わたしはNoto Sans JP - Regularでひらがなのモデルをつくりました。
ちなみにこのフォントは、ゴシック体の1つであり縦横の太さが同じであること, 癖のないオーソドックスな形状であることから、一般的なひらがなの傾向を掴めることを期待して選びました。
上下に剛体の板を用意して上から押してみます。
50音を順に押しつぶしてみました。
きれいにつぶれていますね。個人的には小さいパーツに注目して見てみるのもおすすめです。動きがコミカルで視覚的なたのしさを味わえます。また文字ごとに変形の様子が大きく異なることがわかりますね。文字の形状による変形の違いを評価してみましょう。
評価
今回はエネルギー吸収量(EA量) を用いて評価してみます。これは外部から力を受けたときにどれぐらいのエネルギーを対象が吸収するかを表す指標で、対象の衝突物に対する反力F
を衝突距離s
で積分することで算出されます。自動車などの衝突安全の分野でよく用いられ、基本的には大きいほど他の部品に衝撃を伝えないためよいとされます。
EA=\int_{s | F(s) < F_{limit}} F(s) ds
ここでは反力が基準値F_{limit}
以下のときを積分対象として区分求積的にEA量を算出しています。(これには、対象がつぶれ切って急激に反力が増加する部分を除外する一方で、つぶれ切る前に一時的に基準値を超えてしまった場合はその後の反力を考慮する、といった意図があります。) 基準値は、普通は他の部品との兼ね合いで決まっているのですが、今回そういった制約はないので、形状によるつぶれの違いをよく表現できる適当な値(3N)に設定しています。
ひらがな50音のEA量を以下にまとめました。
「あ」「ね」「も」「れ」「わ」といった、一体で縦線が通った形状 がよくエネルギーを吸収することがわかります。理由は、① 形状が一体となっていることで、全体が連動してバランスよく変形しそのひずみがエネルギーを蓄えるため, ② 縦線があることで、衝突の早い段階から衝撃を受け止めることができるためです。また体積が大きくなれば反力が増加し必然的にEA量も増加します。構造的な傾向を見るために質量あたりのEA量も考慮するのがいいでしょう。質量効率のよいエネルギー吸収にはひずみをよく蓄えられる座屈 が非常に有効であり、これを誘発するような曲線 や長く続く線 があるのも上記の形状のポイントであると考えられます。反対に「い」「け」「こ」「た」といった、丸みの少ないパーツがバラバラに置かれた形状というのはエネルギー吸収には向かないようです。
考察
面白いものがたくさんありますが、中でも興味深い「な」 の形状を取り上げて観察してみます。というのも「な」は構成要素が3つに分かれたバラバラな形状であるにも関わらず、質量あたりのEA量が50音の中で最も大きいという結果になったのです。
「な」の変形の様子と、FS曲線(Force-Stroke Curve, 対象の反力F
を衝突距離s
でプロットしたもの)を示します。
FS曲線を見ると、①→②で急激に反力が上昇し、その後は上下しながらも⑥まで概ね一定の反力を保っています。
衝撃吸収においては、反力が一定値を出し続けられる 形状というのは非常に優秀です。制約となる上限反力(基準値)を少し下回る反力を出し続けられれば、最大効率でエネルギーを吸収できるからです。これが達成できていれば、全体の反力のオーダーは体積を大きくするなどして比較的楽に調整ができます。
さらに詳しく見てみましょう。ひずみの分布をもとに、どの部分が主としてエネルギー吸収に寄与しているのかを確認しました。時系列に沿って以下に整理しています。(説明のため、「な」の1, 2画目を”交線要素”, 3画目を”点要素”, 4画目を”むすび要素”と呼ぶこととします。)
① 一体化
バラバラの3つの構成要素が上部の剛体に押されて接触します。その際に、交線要素がむすび要素の丸い部分に対して接線の関係となることで、2つの構成要素が上手く噛み合い、その後一体となって力を受けます。右に傾いたむすび要素を交線要素が押し戻し、むすび要素の終点が傾きを抑制します。
② 圧縮
むすび要素の縦棒が剛体に垂直につっぱって反力を出しはじめます。これがFS曲線の立ち上がりに寄与しています。
③,④ 座屈
縦棒が次々と座屈し、概ね一定の反力を保ちます。
⑤ 座屈と横すべり
むすび要素の丸い部分をつぶしながら、交線要素が左へとずれていきます。この間、各部の座屈と横すべりによって反力が調整され保たれます。また交線要素の4つの端部がそれぞれ剛体, むすび要素と接触して横すべりを軽減することで、比較的長い間、2つの構成要素が離れずに力を受け続けられます。
⑥ 分離
交線要素の横すべりが限界に達します。その後、2つの構成要素の重なりがなくなることで反力は一時的に低減しますが、徐々に上昇しつぶれ切るに至ります。
まとめ
上記の様子から、形状的に重要なポイントをまとめると以下の2点になります。
交線要素の角度 がむすび要素の丸い部分の曲率に対して適切 である
⇨ 2つの構成要素が上手く噛み合い、一体となって力を受けられる
交線要素とむすび要素の上下方向の長さ, 変形のしやすさ が概ね同程度 である
⇨ 左右でバランスよく座屈し、支え合う
交線要素の角度については、以下ように説明されます。
図は交線要素, むすび要素をそれぞれ直線, 円で模式的に表したものです。適切な角度のとき、交線要素がむすび要素の上に安定的に存在するのに対して、そうでない場合には安定せず2つの構成要素が離散してしまいます。例えば、角度が小さいときには、円に接することができない、あるいは接したとしても交線要素の重心が円の左側に位置するため、下向きの力を受けたときに左に傾きやすくなります。また、角度が大きいときには、支持する点(接点)同士の距離が近いため、外力に対してモーメントを受けやすくこれも安定しません。このように、角度が小さすぎず大きすぎない適切な値のときに、2つの構成要素は離れずにいられるのです。
こうして見ると、形状の偶然にも思える絶妙なバランス によって、効率的なエネルギー吸収が行われていることがわかります。
しかしこれは本当に偶然の産物でしょうか。ひらがなの成り立ちを思い出してみてください。「な」は元々漢字の「奈」からできており、「大」部分が交線要素と点要素に「示」部分がむすび要素になっています。そう考えると、交線要素とむすび要素の丸い部分は両方とも横線+左はらいからできているので、交線要素がむすび要素の曲率に対して適切な角度をとるのは必然なのかもしれません。また、2つの構成要素の高さが同程度であることについては、漢字の上下(部首とそれ以外)が等分される傾向に由来している、と考えることもできるでしょう。(ということは、漢字にはよりエネルギー吸収性に優れた形状が潜んでいるのでしょうか…?) こんな想像をしながら挙動を観察してみるのもたのしいですね。
おわりに
形状探索の一例としてひらがなを取り上げて、その形状と力学的な特性を調査してきました。ひらがなが動きつぶれる様は幾何形状にはない個性がありとても魅力的に感じられます。特に「な」に焦点を当てた観察では形状のバランスがエネルギー吸収の鍵を握っていることわかり、改めてひらがなの洗練された美しさと形状設計の奥深さを認識することができました。また歴史やデザイン的な特徴にも目を向けることで新たな気づきを得ることができたように思います。一見小難しそうにも思える形状探索ですが、好きな形 を自由な視点 で覗いてみるだけで、発見がありたのしいのではないでしょうか。少しでもこの記事を読んでひらがな および形状探索 の魅力・可能性 を感じていただけていれば幸いです。
また弊社HPには、ものの形状について独自の視点でエンジニアが解説した記事が多数あります。興味のある方はぜひ一度読んでみてください。
・双安定ヒンジキャップについて | Nature Architects inc.
・動的陽解法で紐解く競技用立体パズルの進化 | Nature Architects inc.
最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考文献
[1] 小学館, “平仮名”, 精選版 日本国語大辞典, 2005/12, 3巻
[2] 木下 真理子, “‘平仮名’はこうして生まれた”, 日経ビジネス, 2018/01/23 : https://business.nikkei.com/atcl/report/15/280393/092100015/ (2024/07/18閲覧)
[3] 平凡社, “平仮名”, 百科事典マイペディア : https://kotobank.jp/word/平仮名-613766 (コトバンクに掲載の内容, 2024/07/18閲覧)
[4] Min-Young Kim, “Type classification in CJK: Japanese”, Google Fonts : https://fonts.google.com/knowledge/type_in_china_japan_and_korea/type_classification_in_cjk_japanese (2024/07/18閲覧)
[5] モリサワ, “ヒラギノ角ゴ ProN”, Morisawa Fonts : https://morisawafonts.com/fonts/475/ (2024/07/18閲覧)