はじめに
弊社には、幾何学と力学を愛することを共通点として、機械、流体、物理、数学、建築など、多岐にわたる工学分野のバックグラウンドを持つエンジニアが在籍しています。
共通の理論が共通言語のように機能しているものの、各分野で設計する対象物が大きく異なり、構造の思考過程やシステムの違い、各業界の慣習や専門用語など、日々学ぶことが多くとても楽しいです。
そんな弊社の楽しい雰囲気の中でも、建築・土木をバックグラウンドとする構造エンジニアは、対象物が最も大きい建築物や橋梁の構造設計に携わっており、人々が意識せずに日常的に利用しています。
今回はそんな建築・土木の構造エンジニアが、都内に架かる橋梁を例に、どのような視点で構造物を見ているかを記していこうと思います。
おしながき
今回は、都内の以下の4つの橋梁を例に挙げて構造を解説していきたいと思います。
どの橋梁もJR東京駅から電車で30分以内でアクセス可能です。
ちなみに、弊社はJR東京駅から徒歩約25分の場所に位置しています。
1:千代田線荒川橋梁
2:浜松町駅構内跨線人道橋
3:ブリッジ渋谷21
4:新宿駅南口甲州街道歩道橋
千代田線荒川橋梁:ワーレントラス
建設年:1968年
設計:不明
構造:ワーレントラス
スパン長さ:情報無し
用途:鉄道橋
JR常磐線・東京メトロ千代田線で千葉方面から都内に来る方には、よく目にしているかもしれませんね。
ここにはJR常磐線、東京メトロ千代田線、東武伊勢崎線、つくばエクスプレスの4つの鉄道橋が架かっており、多くが「ワーレントラス」で構成されています。
トラス構造には、プラットトラス、ハウトラスなどさまざまな形状がありますが、ワーレントラスでは中間の鉛直材を省くことにより、鉄骨量を削減し経済性が高く、そのため広く普及しています。
写真ースパン詳細
構造をシンプルに表現した概念図を示します。
上下の弦材を結ぶ斜めのラチス材が特徴的な構造形式です。
橋梁下は船舶の通行を考慮しており、そのため下弦材の上にレールが設置されて電車が通行しています。
この橋梁の軸力図と曲げモーメント図を記載すると以下のようになります。
基本的に、上弦材は圧縮力を、下弦材は引張力を受け持ちます。その間にあるラチス材は圧縮もしくは引張の両方の力を受けることがあります。
曲げモーメントについては、線路周りの固定荷重や電車の走行荷重が下弦材に作用し、上弦材やラチス材にはほとんど曲げモーメントが生じません。
また、この曲げモーメント図は部材が剛接合されていると仮定していますが、構造上は部材がピン接合されていても機能に影響はありません。
浜松町駅構内跨線人道橋:フィーレンディールトラス
建設年:1984年
設計:日本国有鉄道
構造:フィーレンディールトラス
スパン長さ:約65m
用途:歩道橋
備考:1984年土木学会田中賞
こちらはJR浜松町駅の東側に位置する人道橋です。JR山手線や、羽田空港へ向かう東京モノレールを利用する際には、おそらくご覧になるでしょう。
駅構内と駅東側を、電車・新幹線をまたいで結ぶ重要な橋です。
以下にフィーレンディールトラスの構造概念図を示します。
先程のワーレントラスとは異なり、このトラスは水平と鉛直の部材のみで構成されており、斜めの部材がないことが特徴です。また、ワーレントラスとは異なり、このトラスでは各部材が剛接合されていなければ構造が成立しません。
以下に軸力図と曲げモーメント図を示します。
上弦材には圧縮力、下弦材には引張力が作用する状況は変わりませんが、その代わり鉛直部材には大きな曲げモーメントが作用します。これは、ワーレントラスにおいてラチス材が担っていた軸力を鉛直材が負担しているためです。
一般的には、構造部材が軸力を担う方が断面効率が良いため、ワーレントラスやプラットトラスなどのラチス材を用いた方が効率的ですが、浜松町駅構内跨線人道橋では、橋内部が屋内となっており、電車を眺める景観を妨げないためにフィーレンディールトラス形式が採用されたと考えられます。
構造合理性だけではなく、その他の要素も構造形式の決定に影響を与えるのが面白い点です。
ブリッジ渋谷21:トラス形フィーレンディール
建設年:2000年
設計:東急建設株式会社(総合設計)+アーキテクトファイブ(意匠デザイン)
+株式会社梅沢建築構造研究所(構造デザイン)
構造:トラス形フィーレンディール
スパン長さ:50m
用途:歩道橋
備考:2001年度グッドデザイン賞(建築・環境デザイン部門)
JR渋谷駅の南南口を出て、高速道路に沿って西へ進むとすぐにその歩道橋に出会います。セルリアンタワーのふもとに位置しています。
ちなみに『呪術廻戦』第94話で、虎杖と伏黒はこの歩道橋付近で敵と対峙し、戦闘が始まるシーンがあります。
この歩道橋は、橋梁としては珍しく、建築家と構造家の両方が設計に関わっている点が特徴的な橋です。建築と土木の業界では美学が異なり協力することが少ないため、この橋は珍しい例です。
トラス構造でありがちな部材の集合による無骨さを避け、まるで道路上に浮いているかのような印象を与えます。また、各部材のサイズもフィーレンディールトラスより小さくすることが可能です。
写真ー部分詳細
以下に構造概念図を示します。
最初に登場したワーレントラスとは部材の配置が似ていますが、ラチス材同士が離れて弦材と接合されています。
以下に軸力図・曲げモーメント図を示します。
ラチス材の角度に依存しますが、応力の特性はワーレントラスとフィーレンディールトラスの中間に位置し、各部材が軸力と曲げモーメントをバランスよく受け持ちます。
ラチス材の角度を調整することで、部材の応力状態をコントロールし、シルエットを制御することができます。
意匠的な美しさだけでなく構造的な美しさも兼ね備えています。
新宿駅南口甲州街道歩道橋:プラット+フィーレンディールトラス
建設年:1998年
設計:川田工業
構造:プラットトラス+フィーレンディールトラス
スパン長さ:約54m
用途:歩道橋
JR新宿駅の南口を出てすぐの西側に位置する歩道橋です。小田急ミロードビルと新宿サザンテラスを結んでいます。
この橋はやや特殊な構造をしており、その形式がどのような経緯で選ばれたのか興味をそそられます。
以下に構造概念図を記載します。
端部にはフィーレンディールトラスを、中央部にはプラットトラスを採用しており、橋の中間で構造形式が変わる設計になっています。
初見では応力状態に応じた構造形式の選定と考えがちですが、実際にはそうではないようです。
以下に軸力図・曲げモーメント図を示します。
等分布荷重から生じるせん断力は橋端部で大きく、その結果、フィーレンディールトラスの鉛直材が受けるせん断力も端部で大きくなります。
前述した通り、構造部材は軸材として使用した方が効率が良いため、応力上適切にラチス材を配置するのであれば端部に配置する方が効率的です。
なぜこのような構成となったのかは、要求条件や意匠上の理由などが考えられますが、調べた範囲では設計を解説した資料は見つかりませんでした。
仮説の一つとしては、ミロードビル側に取り付けられた階段を利用する人にとっては、斜めのラチス材が邪魔になる可能性があるため、それを避けるために設計者がラチス材を外したのではないかと思われます。一部のラチス材だけを取り除くと意匠上の統一感が損なわれるため、端部全体のラチスを取り除いた可能性があります。
構造的な最適化だけでなく、人や車など様々な要件から生じる制約条件を考慮して構造物が設計されていることが伺え、非常に興味深いです。
写真ー階段取り付き箇所
まとめ
今回は、構造エンジニアの視点から見た都内のユニークな橋梁を巡る旅をしてみました。
日々目にする構造物に対して、応力や変形の状態を思い描きながら、その背後に隠された設計の制約を推測すると、まったく異なる視点での観察が可能になります。
今年は例年よりも暖かい日が続いていますので、週末の散歩で近場の構造物を訪れてみるのも楽しいかもしれませんね。
文章校正:ChatGPT-4