原理について
下記のように1つの質点を支える3つのバネの系を考えます。斜めになっているバネの剛性を k_1
、鉛直になっているバネの剛性を k_2
とします。
k_1
と k_2
の剛性が以下のようになっている場合、系全体としての剛性の和がほぼ0になる部分を作成することでき、それ準0剛性(QZS:Quasi-Zero Stiffness) と呼びます。
原理としてはとても単純なものになっており、重要な点は片方のばねが負剛性となる区間があることです。
この構造が実現することによって以下を可能にし、前回の記事 で紹介した剛性と質量と防振の間のトレードオフを解決できます。
特定の荷重まではすべてのバネが正の剛性を持つため、高い剛性を持つ
一定の荷重になると正剛性のバネと負剛性のバネを組み合わせになり、系全体として擬似的に0剛性になる
剛性がほぼ0になることで固有周波数が非常に小さくなり、振動伝達率が0に近づくため、高い防振効果が発揮できる
QZS 構造については安定してこれらの機能つまり、以下の2つを可能にする仕組みや形状を実現するために複数の研究がなされています。
正剛性区間と負剛性区間、および明瞭なそれらの剛性の切り替わり点を持つ k_1
大変形まで線形な剛性を持つ k_2
既存の技術
上記の荷重変形関係を見れば、理論上は高い支持力を持つが準0剛性を実現することが可能なことはわかりますが、それを実際の部材としてどのように実現しているかについて紹介します。
例1:Minus K Technology
負の剛性と正の剛性を組み合わせることによって準0剛性を実現する構造は既に商品化されており、Minus K Technology という会社が有名です。
VIDEO
防振装置上のワイングラスやフラダンサーが全く揺れていないことが上記動画からわかります。
Minus K Technology では以下のような原理で鉛直剛性と水平剛性を準0にしており、鉛直については上記で紹介した原理を使った準0剛性になっています。
これらはMinus K Technologyのホームページの Technology のページで確認することが出来ます
鉛直方向
水平方向
Minus K Technology では防振装置に載荷する質量にもよりますが、上記の挙動を示す部材を以下のように組み合わせることで、 鉛直、水平ともに 1Hz 程度から防振可能なシステムを実現しており、この周波数は通常の構造では防振困難な値です。
※各画像の出典は Minus K Technology のHP によります。
例2:負剛性を示す単一の部材
大変形まで安定して線形の剛性を示す k2
については実際の部材のイメージがつくかもしれません(例えばコイルバネ)が、Minus K Technology のように組み立てをすることなく、k1
のようなジグザグした剛性を示す単一の部材が存在するのか気になると思います。
その答えとしては、以下のような波形状の梁が知られています。
以下の波形状の梁を有限要素法CAEソフトの ANSYS で解析を行い、負剛性が出ることを確認してみます。
解析
以下のような境界条件で大変形解析を行います。荷重は中央に水平フリー、鉛直方向のみ拘束した強制変位として与えています。
実施した解析から求まる荷重変形関係と変形のモデル図は以下です。モデルの倍率は1倍で表示しています。
変形が12mmを超えた範囲付近から若干剛性に非線形性が見られますが、正剛性も負剛性もきれいに線形で発揮しており、かつ明瞭な剛性の切り替わり点があります。
このことから想定していた k1
の挙動に非常に近い部材であることが解析からもわかりました。
問題点
この形状は k1
のような剛性を出す上でとても有用ですが、初期の不整に弱い問題点があります。
具体的な例をあげます。
荷重が正確に鉛直に与えられなかった場合を想定して、以下のように梁の軸方向に非常に微小な荷重を与えながら先ほどと同じ解析を行います。
その際の解析結果は以下になります。
オレンジが微小な荷重を加えた際の荷重変形関係になります。初期剛性と最後の剛性は一致していますが、中間の負剛性を発揮する区間の剛性が大きく異なっています。
変形図を見てわかるように左右対称に変形が進んでいないことが原因です。
波状梁の負剛性は梁の変形に伴って梁に入る軸力の効果によってもたらされています。そのためこのように左右対称に変形しなければ軸力がうまく梁に導入されず、期待する負剛性を得ることが出来ません。
NatureArchitects の QZS 構造
2つの事例を紹介しましたが、それぞれ以下の問題点がありました。
Minus K Technology の防振システムは非常に高性能ですが、安定して準0剛性を出すためには複数の部材の組み立てが必要
組み立てをなくした単一部材で負剛性を発揮する波状梁は安定して負剛性を出すことが困難
これら二つの事項に対して弊社では、コンプライアントメカニズムを使って組み立てを極力なくした QZS 構造を発明しました。
(特許出願済み)
形状
期待する負剛性を発揮するためには、波状梁は中央部が左右対称できれいに鉛直に変位する必要があります。
そのことをもう少し分解して考えると以下の3点が安定化させるための条件だとわかります。
波状梁の中央部は鉛直変位の自由度を持つ
波状梁の中央部は鉛直変位の以外の自由度は持たない
波状梁の中央部は回転自由度を持たない
これらの条件を満たすコンプライアントメカニズムとして、弊社でスライダー構造と呼んでいる以下の剛体と梁からなる形状があります。
この形状は図のように右端を固定した状態で図中赤矢印のように中央のA部を鉛直に動かすときれいに鉛直にのみ変形し、A部は回転や水平方向の変形に対して非常に高い剛性を持っています。
そのため今回のケースで必要とする上記3つの条件に適したコンプライアントメカニズムになっています。
ここでは割愛しますが、興味のある方は実際に上記のような挙動になるのか解析や実験で試してみてください。
上記スライダー構造と波状梁を以下のようにを組み合わせることで、波状梁の中央を鉛直変位以外を高い剛性で拘束する構造を作ることが出来ました。
実験
上記部材の試作を作成し実際に想定している防振挙動になっているか確認しました。
単に形状を計算し設計するだけでなく、社内に簡易な実験設備を保有しており、計算した形状を実際に制作して実験する環境が弊社にはあります。
試験体はワイヤ放電加工業者さんにお願いして作成しました。
実験の様子
振動台を使って実験している動画です。どちらも10Hzで加振しており、違いは重りの有無のみです。
重りなしの状態での振動
この状態では想定した0剛性になっていないため、振動が増幅して機構の上面に伝達されています。
VIDEO
重りを載せQZS状態になった状態での振動
重りによる荷重を加えることで 準0剛性状態になっているため、下の振動台との接続面に対して部材上面の水面の揺れが小さくなっている、つまり防振効果が発揮されていることが確認できました。
VIDEO
実験結果
実験でも、準0剛性を実現していることを確認することができました。
動画はありませんが、載せる質量の位置を天板上の端に変えた場合でも(つまりきれいに鉛直荷重がかからないようにしても)同様の防振効果が得られました。
この構造の重りを載せる前の初期剛性は約6N/mm、載せた重りは1kg なので、そのまま線形な剛性をもつ場合は固有周波数は12Hz程度となります。
10Hzで加振しているため振動数比は u=10/12 \fallingdotseq 0.83
となり前回の記事で紹介した振動伝達率 Tr
のグラフにその値をプロットしたものが以下です。この結果を見るとほぼ共振する箇所に振動数比 u
が来ているため、防振効果が発揮されず振動は非常に増幅して伝達されるはずです。
ですが、1kg載荷時に準ゼロ剛性になるように設計しているため、上記の動画のように振動が増幅せず減衰しており、防振できていることが確認できます。
問題点
QZSの効果によって防振効果を発揮していることが確認できましたが、一方で揺らし始めや振動可視化のための水を置いた際にふわふわと振動していることが実験動画からわかります。
この振動は加振による強制振動ではなく、手で振れたことによって一瞬荷重がかかり、それによって発生した自由振動です。
減衰が小さいので振動が手で押さえるまで止まらずにいます。
この問題は、試験体を減衰が小さいアルミ材料のみで作成し、別途減衰部材を設けていないため起きたと想定しており、強制振動以外での安定性が改善すべき点だとわかりました。
まとめ
どのように減衰を付与してよりロバストな防振装置とするかは今後の課題ですが、剛性、質量、防振のトレードオフを突破し、高い鉛直支持力を持ち、かつ低周波数でも防振可能にする QZS 構造の紹介でした。
既知の部材に対して機能を向上させるために必要な自由度などを分析し、適切に自由度をコントロールできる形状(メタマテリアルやコンプライアントメカニズムなど)と組み合わせることで、既存部材の性能を向上させる弊社の設計プロセスの一部も紹介できたと思います。
参考資料
HaiguiFan et al. (2020). Design of metastructures with quasi-zero dynamic stiffness for vibration isolation. Composite Structures , 243
Mohan Zhao (2016). Is the negative equivalent stiffness of a system possible? PhysicsEducation , 51
A.Carrella et al. (2006). Static analysis of a passive vibration isolator with quasi-zero-stiffness characteristic. Journal of Sound and Vibration , 301