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動的陽解法で紐解く競技用立体パズルの進化

動的陽解法で紐解く競技用立体パズルの進化

The Evolution of Competitive Three-Dimensional Puzzles Unraveled by the Dynamic Explicit Method

競技用立体パズルの性能の進歩はタイム短縮に大きく寄与しています。動的陽解法による解析を通じて回転の滑らかさの秘密に迫ります。

The performance improvement of competitive three-dimensional puzzles has greatly contributed to shortening solving times. Through analysis using the dynamic explicit method, we delve into the secrets of their smooth rotation.

岡要平

Yohei Oka

2024,06,07 2024,06,07

はじめに

スピードキューブをご存知ですか?ルービックキューブ®に代表される立体パズルを速く解く競技のことです。最もポピュラーな3x3x3キューブ部門の現在の世界記録は3.13秒で、アメリカの選手が2023年に樹立しました[1][2]。

タイムの短縮には手順の短さと動かすスピードの両方が重要です。上記世界記録では完成までに要した手数は31手であり[3]、1秒間に約10手操作する計算となります。これほどの動きの実現には、指の鍛錬に加え、パズル自体のハードウェアとしての性能の進化も不可欠な要素となっています。

おもちゃメーカーが販売している一般的なキューブと、2010年以降に進化した競技用のもとを触り比べると、だれもが滑らかさの違いに驚くでしょう。どのような設計よってこの滑らかさを実現しているのでしょうか。

本記事では、動的陽解法を用いたシミュレーションを通じて、競技用パズルの回転の滑らかさがどう実現されているのか考察します。

2cubes
(左)古典的な機構のキューブ。2008年頃に2000円程度で購入。(右)競技用キューブメーカー製のハイエンドモデル。2022年に8000円ほどで購入。

解析対象動作

今回解析する現象は以下の動きです。人差し指で上側の面を90度回転させる「トリガー」と呼ばれるもので、キューブを解く際に頻出する最も基本的な動作と言えます。

動画をコマ送りにして計測したところ、トリガー1回に要する時間は0.03s~0.04sでした。

動的陽解法

シミュレーションには動的陽解法を用います。

動的陽解法では運動方程式から求めた加速度を時間積分することで、次ステップの速度及び変位を順次計算します。陰解法と異なり、各時間ステップで連立方程式を解く必要がないため、1ステップあたりの計算コストが小さい一方、時間ステップは細かく取る必要があります。そのため衝突現象などの、非線形性が強く短時間の解析に適しています。

camry
Center for Collision Safety and Analysis より無料でダウンロードできるToyota Camryの衝突モデル[4]

キューブの機構

26個の立方体がばらばらになることなく6軸周りに自由に動かせる画期的な機構は、1974にハンガリーの建築学者であるルービック氏によって発明されました。

表面に見えるセンターキューブ、エッジキューブ、コーナーキューブと、内部のコアの計4種類の部品で構成されます。この基本的な構成は最新の競技用キューブでも変わっていません。

patent
4種類の部品により構成(ハンガリー特許170062[5]より)

3Dモデルの作成

冒頭の写真にあった2つのキューブを解析対象とし、分解・計測し3Dモデルを作成しました。

こちらが2008年頃に購入した古典的な構造のキューブ。各部品の形状は特許図面とほぼ同じです。回転は重いですが、玩具安全基準STのマークが箱についていており、おもちゃとしてしっかりと作られている印象です。

こちらが2022年に購入した競技用キューブのハイエンド機種。基本的な構成は同一ですが、角部のRが大きく取られている、中央の軸が細い、といった点が目につきます。また部品の肉厚も薄くしてあり、重量が軽いです。

実物には他にも、マグネットにより90度毎にピタッと止まる機能や、軸の締付具合の調整機構、潤滑油の馴染を良くするため(?)の表面のハニカム状の溝、といった多くの工夫が見られるのですが、本記事では純粋に形状と滑らかさの関係に着目したいため割愛します。

解析上のモデル化

解析上のモデル化は以下の通りとしました。

  • 材料モデル:剛体
  • 物性値:ABS樹脂を想定(剛体のため弾性率は接触剛性の計算にのみ用いられる)
  • 摩擦係数:静摩擦係数0.1/ 動摩擦係数0.05
  • コアから伸びるピンとセンターキューブの接続:円筒ジョイント拘束+ 1次元バネ要素

バネには、寸法公差の吸収や、操作時の各ピースの位置が理想状態からずれた場合でもスムーズに回転させる役割があります。新キューブでは、この部分が磁石に置き換えられているのですが、条件を合わせるため本解析では同一のバネ要素としてモデル化しています。

fem-model

剛体のため容易な4面体メッシュ。青で書き込んだ箇所には圧縮コイルばねが入っている。

評価項目1:回転の軽さ

まず回転させるときの抵抗を評価します。以下の境界条件でトリガーを模擬した強制変位を与え、要したエネルギーの内訳を分析します。固定箇所はトリガー動作の際の指の当たり方を模しています。強制変位は0.03s間で与えました。

結果は以下となりました。 旧構造では90度回転に要する外部仕事が164mJであるのに対し、新構造では91.9mJまで減少しています。

内訳に注目すると運動エネルギの減少は、肉薄化による軽量化によるものです。 接触エネルギの減少には摩擦力が関係しています。以下でその理由を考察します。

古典的構造 新構造 改善率
外部仕事 [mJ] 164 91.9 -44.0%
運動エネルギ[mJ] 21.7 12.8 -41.0%
接触エネルギ[mJ] 146 79.0 -45.9%

キューブの回転部の機構は、上段の1層と中段1層とで滑り軸受を構成していると捉えることができます。

接触エネルギの内、上記滑り軸受部については、ラジアル面でで発生するエネルギと、スラスト面で発生するエネルギとに分解できます。両方とも低下していますがラジアル方向の方が低下幅が大きくなっています。

古典的構造 新構造 改善率
接触エネルギ[mJ] 146 79.0 -45.9%
ラジアル成分[mJ] 72.5 33.0 -54.5%
スラスト成分[mJ] 53.1 35.7 -32.8%
その他[mJ] 20.4 10.3 -49.5%

すべり軸受の摩擦によるトルクは以下の式で表せるので、摩擦する円筒面の直径が小さい新構造ではトルクが小さくなることがわかります。(L : 荷重、r:軸受半径、\phi:摩擦角)

M=Lr \sin \phi

スラスト方向は以下の式です。摩擦面が中心から離れた位置にあるほどモーメントへの寄与が大きくなるため、より内側においても接触している新構造のほうがトルクが小さくなることが推測されます。(\mu:摩擦係数、P:荷重、A:接触面積)

M
=\frac{P}{A}\int_A \mu r dA

これらの式から見積もられる改善率は以下となり、数値解析で求めた値よりも改善率は低くなりました。

改善率
ラジアル成分 -17.2%
スラスト成分 -13.3%

各摩擦力の計算式に登場する荷重は両キューブで等しいと仮定して計算していますが、解析では強制変位としていたため、新構造の方が荷重が小さく、より大きな差となったと考えられます。

とはいえ定性的には対応しており、摩擦箇所の寸法が回転の軽さに寄与していると言えそうです。

評価項目2:安定性

第2の項目としてキューブ操作時の安定性をみていきます。回転がいくら軽くても、思いきり速く回したときや、力を与える方向が若干変化したときに部品同士が引っかかると、大きなタイムロスに繋がります。

境界条件は以下のとおりです。強制変位ではなく、人差し指が当たる面に荷重を与えている点が先ほどとは異なります。

結果は以下となりました。古典的構造では10Nでは90度回っていますが、20Nでは90度回転する前に引っかかって止まっています。一方の新構造ではどの荷重に対してもスムーズに回転していることがわかります。


古典的構造。左から操作力5N、10N、20N


新構造。左から操作力5N、10N、20N

引っかかりの有無の原因について考察します。

古典的機構の20Nでは38度程度回転した時点で以下の図のように、手前側のコーナーキューブが-Z方向に変位し、その結果中段左側のエッジキューブの角に衝突しています。一方新機構20Nでは-Z方向の変位が低減されています。

左:古典的構造、右:新構造

一見すると新機構では各パーツの角Rの大きさによって衝突後に進行方向が変化し、引っ掛かりを免れているように見えますが、以下のように衝突箇所の接点の変位を比較すると、実は衝突前にZ方向変位の差が開いていることがわかります。

Z変位軽減の理由は各部品のかみ合わせ部の形状にあります。45度回転させたときのコーナーキューブ(赤)の爪のかかりを、センターキューブを非表示にして比較します。

古典的機構ではコーナーキューブの爪は完全に見えており、非表示にしたセンターキューブのみにかかって保持されていることがわかります。

一方、新機構では両側のエッジキューブ(青)に同時にかかっており、センターキューブのみにかかる瞬間がありません。エッジキューブ(青)は親指を模した拘束に支えられているので、結果的に新機構ではコーナーキューブの-Z方向への変位が小さくなったと考えられます。

歯車に例えるなら、はすば歯車は平歯車よりも噛み合い率が高くなり、騒音が抑えられることと似ています。

はすば歯車。Created by modifying Anim engrenages helicoidaux.gif ©2005 Sador~commonswiki (Licensed under CC BY-SA 3.0)

最後に

本記事では動的陽解法を用いて競技用立体パズルの滑らかさの秘密に迫りました。かみ合い部の直径が回転の軽さに、同時に噛み合うパーツの数が安定性や滑らかさに寄与していることがわかりました。

競技用キューブがスムーズであることは触るとすぐに分かりますが、その理由についてあまり言及されておらず、どちらかというと目に付く磁石や調整機構が注目されることが多いと思います。今回解析してみることでどの形状がどのように寄与しているのかある程度知ることができました。

マニアックな内容にも関わらず最後までお読みいただきありがとうございました。

参考文献

[1] World Cube Association. "Rankings". WCA website. 2024/06/06. https://www.worldcubeassociation.org/results/rankings/333/single. (2024/06/06閲覧).

[2] @RubiksCube, "Max Park New Rubik’s Cube World Record 3.13 seconds". YouTube. 2023/06/12. https://www.youtube.com/watch?v=0DqfNLxaVi4. (2024/06/06閲覧).

[3] @TetraCubing, "Reconstruction of Max Park's 3.13 3x3 Rubik's Cube World Record Single!". Youtube. 2023/06/12. https://www.youtube.com/watch?v=PUZvVoagTbk. (2024/06/06閲覧).

[4] Center for Collision Safety and Analysis. " 2012 Toyota Camry Detailed Finite Element Model". CCSA website. 2016.06. https://www.ccsa.gmu.edu/models/2012-toyota-camry/. (2024/06/06閲覧).

[5] Rubik Ernő. "Térbeli logikai játék". ハンガリー特許170062. 1975/01/30. https://ruwix.com/the-rubiks-cube/rubiks-cube-patent-intellectual-property/. (2024/06/06閲覧).

Writer

エンジニア

Engineer

岡要平Yohei Oka Yohei Oka

京都工芸繊維大学 工芸科学研究科 機械設計学専攻修了(修士)。分析機器メーカーで製品開発に従事したのち、2023年Nature Architects入社。趣味のルービックキューブでは世界大会優勝経験あり。

採用インタビューはこちら

Completed the Master's Program in Mechanodesign at the Graduate School of Engineering, Kyoto Institute of Technology. After being involved in product development at an analytical instrument manufacturer, joined Nature Architects in 2023. Has experience winning a world championship in Rubik's Cube, a hobby.

Yohei Oka

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