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月面の土の材料モデル化

月面の土の材料モデル化

Material modeling of lunar soil

この記事では、月面の土壌(Regolith)の材料モデル化とドロップ試験を模擬した動的解析を通して、数値解析における材料モデルの重要性について考えます。

This article considers the importance of material models in numerical analysis through the modeling of lunar soil (Regolith) and dynamic analysis of drop tests.

山本雄大

Yuta Yamamoto

2024,03,08 2024,03,08

はじめに

 2024年1月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で開発された小型月着陸実証機 SLIM(Smart Lander for Investigating Moonの月面着陸のニュースが報じられました。報告によると、主ミッションの100m精度ピンポイント着陸という目的を見事に達成しつつも、着陸後の停止姿勢が悪く太陽光パネルでの発電が難しい状態になってしまったようです[1][2]。

月面への着陸に対しては、衝撃吸収部材の開発とともに、実機でのドロップ試験、数値解析による検証が繰り返し行われます。

現在は各国の宇宙機関のみならず、民間企業までもが研究、営利化など様々な目的をもって月面を目指す時代になりました。月活用の第一ステップとして、月の土壌への安全な着陸は、多くの人にとって非常に興味深いテーマとなっていることでしょう[3]。

この記事では、着陸における衝突対象物である月面の土壌(Regolithについて、数値解析を行うために必要な材料モデルを作成し、着陸を模擬したドロップ試験の衝突解析への影響を考察してみます。

月の土壌(レゴリス)

 まずは、月の土壌について一般的な知識を確認します。惑星科学においては、月、惑星・小惑星などの天体の表面に分布する堆積層をレゴリスと呼びます。以下、本記事では月表面の土壌を形成する粒子をレゴリスと呼びます。

NASAが公開している資料[4]によると、レゴリスは、粒子サイズが40~130μmのシルトで形成されているとのことです。シルト(または沈泥)とは砂と粘土の中間サイズの粒子を指します。レゴリス粒子を顕微鏡で見ると、小さな粒子でもたくさんの角が立った不規則な形状をしています。これにより、月の土壌は空隙率(polosity)が高く、特に地表から10~15cmの深さまではふわふわとした粒子が堆積した状態になっているようです。

またこの不規則な粒子形状が機械的に嚙み合わさるため、レゴリス粒子は圧縮すると凝縮して固まる特性を持ちます。

本記事のトップ画にさせていただいている宇宙飛行士が月面へ残した足跡(That's one small step for man)の刻印も、この月の土壌が持つ凝縮する特性によって生まれたものであると言えるでしょう。

レゴリスの材料モデル化

 それでは、レゴリスのモデル化を行っていきます。しかしながら、貴重なレゴリスの試験データを入手するのはなかなか難しいです。そこで、ここでは、NASA Langley Research Center (RaRC)の特定のガントリーで着陸土壌として使用されている砂(通称:unwashed sandの材料特性を使用したいと思います。

この試験設備はアポロ計画の月面着陸実験にも使用された由緒正しい砂です。この砂のサンプルに対して3軸圧縮試験などの複数の試験を実施して得られた材料データが参考文献[5]にてNASA STI programにより公開されています。

 解析には、文献[5]で想定されいるのと同じくAnsys LS-DYNA[6]を使用します。LS-DYNAは、落下試験、衝撃および貫通、破壊、衝突などの解析を得意とし、幅広く利用されている陽解法シミュレーションソフトウェアです。

unwashed sandのモデル化にあたり、LS-DYNAが提供する材料モデルの中から、一般に土のモデル化に用いられるMAT5を用いて材料モデルを選択し、使用します。LS-DYNAのmanuralよりMAT5材料モデルの概要を転載すると下記のとおりです。

MAT5 (*MAT_SOIL_AND_FOAM):これは、土壌、コンクリート、または破砕可能な発泡体を表すための比較的単純なマテリアルモデルです。 熱効果が圧力において、体積ひずみの関数として考えられる場合、テーブルを定義できます。

 土から泡までを幅広く表現できるとのことなので、レゴリスのふわふわとした粉末のような状態も再現できそうです

MAT5の材料モデルにおいて、特に重要なパラメータを以下に抜き出します。

RO: 材料質量密度 G: せん断剛性 KUN: 体積弾性率(除荷時のみ用いられる) A0~A2: 塑性降伏関数に関わる係数 EPS1~10, P1~2: 体積ひずみと圧力の関係を表す曲線を定義

 これらの変数に入れる数値次第で、MAT5という材料モデルは、コンクリートや土、泡までを一つのモデルで表現することができます。下記に文献[5]から拝借した、unwashed sandを表すMAT5の入力変数を示します*。

ドロップ試験のシミュレーション

 それでは、作成したunwashed sandの材料モデルを地面として、適当な物体を落下させてドロップ試験のシミュレーションをしてみます。落下させる物体として、以下の図に示す(1)cube, (2)sphere, (3)piramidの3つの形状を用意しました。材質は鉄と同じヤング率を持つ弾性体であり、物体の質量はすべて1kgとなるように密度を調整しています。これらを、地球上(重力加速度9.8m/s^2)の環境で、約2mの高さから落とすとどうなるでしょうか?

解析実施 Case01

 Case01では、unwashed sandそのままの材料モデルを用いて解析をしました。着地後の砂の形状に注目すると、落下物が着地した周囲の砂が盛り上がっています。物体の周りにちょうど隕石が落ちた後のクレーターのような形状が再現されています。クレーターの深さを比べると、(1)<(2)<(3)の順に深くなります。先端がとがっているほど、砂に深く突き刺さる着地をしており、感覚的にも自然な挙動であると判断できます。

解析結果~着地後の姿勢~

解析実施 Case02

 Case02では、着陸における材料特性の影響を観察するため、unwashed sandの入力変数を変更して、せん断剛性Gを1/2にして同じ解析をしてみました。

 着地後の姿勢を先ほどの結果と比較してみると、どの形状においても、より深く砂の中に埋まっており、生成されたクレーターの盛り上がりも大きくなりました。着地対象の土壌のせん断剛性が低下したために、物体下部の要素が水平方向に逃げやすく、小さな力で移動するために、物体の運動エネルギがゼロになり停止するまでに、より大きく砂要素を変形させたことがうかがえます。

解析結果~着地後の姿勢~

解析結果の数値比較

 2つの解析結果について、数値により各形状の性能を評価します。ここでは、物体の変位(土壌への侵入量)と衝突時に物体に働く加速度を評価指標として見てみましょう。

 下の変位のグラフは、地表の高さを0mmとして、各時間における物体の位置を表しています。これにより、ある速度を持って100mmの高さから下降した物体が、0mmで土壌表面に衝突し、その後どの程度の深さまで侵入して停止するかが分かります。土壌への侵入量としては、Case01, Case02どちらにおいても、(1)cube形状が最も小さい結果となりました。

 次に加速度のグラフは、物体が土壌との衝突時に反力から受ける加速度を表しています。14~15msで土壌表面に衝突し、瞬間的に加速度が立ち上がり、ピーク値をとります。特にcase01の条件での(1)cube形状のピーク加速度が大きくなりました。

 プロットから、最小変位(最大侵入量)最大加速度を数値にして表にまとめます。

 ここで、例えば、着陸物体に対して「搭載機器を保護するために加速度は2000m/s^2以下、そのうえで、なるべく侵入量が小さい形状にしたい」という設計要求があったとします。

すると、Case01の土壌に対しては、(1)cube形状は加速度NGとなるため、加速度OKの形状から侵入量の小さい(2)sphere形状が最適と判断されます。

一方で、Case02の土壌の場合は、どの形状でも加速度OKとなるため侵入量の小さい(1)cube形状が最適という結果になります。

 このように、土壌の材料モデルの違いにより、設計要求に対して最適な設計結果は別の形状となりました。

変位の時刻歴

加速度の時刻歴

解析case毎の変位/加速度ピーク値評価

おわりに

 実際の設計課題では、複雑な形状と設計要求、多数の制約条件に対して、膨大な解析検討を実施します。その結果出てきた最適な形状の信頼性を担保するためには、現実を的確に表現する材料モデルが構築されていることが大変重要なことが分かります。

 当然のことですが、常に現実の物理現象、実験結果と解析結果のコリレーションをとりながら、その現象を表現するに足る材料モデルを使用できているかに注意し、気を配ることが重要です。

 砂のモデル一つをとっても、このように現象が再現され、納得のいく挙動をとると大変面白いですね。 本記事の内容はあくまで趣味的検討であり、実際の月面環境を正確に表していません。特に重力加速度の違いは、物体の運動だけでなく、材料特性に影響を与える可能性があります。貴重なデータを公開してくれているNASA STI programの活動に敬意を表するとともに、このように材料モデルについて情報共有、共通認識が取れていることが、CAEを用いた構造設計において重要な基盤であると再確認する取り組みになりました。

 ※本記事では、一部にWikimedia Commons[7]の画像を使用させていただいております。

参考

[1] JAXA | 小型月着陸実証機(SLIM)の月面着陸の結果・成果等について

[2]開発・運用状況 | 小型月着陸実証機 SLIM | ISAS/JAXA

[3]How to test a Moon landing from Earth (nature.com)

[4]Final IEEE paper formatted footnote added.pdf (nasa.gov)

[5]NASA Constitutive Properties - Gantry, KSC.doc

[6]Ansys LS-DYNA | 衝突シミュレーションソフトウェア

[6]Wikipedia Commons

Writer

エンジニア

Engineer

山本雄大Yuta Yamamoto Yuta Yamamoto

2018年東北大学大学院工学研究科 航空宇宙工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。電気機器メーカーにて機械要素部品の設計開発を担当。2023年にNature Architectsに参画。

Completed the doctoral course at Tohoku University Graduate School of Engineering, Department of Aerospace Engineering in 2018. Ph.D. (Engineering). He is in charge of the design and development of mechanical components at an electrical equipment manufacturer. Joined Nature Architects in 2023.

Yuta Yamamoto

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