はじめに
流体は人類にとって極めて身近な存在であり、学術面、実用面共に非常に興味深く取り扱われてきました。一方で、しっかり理解すべくその原理原則を学び始めようとすると構造分野と較べて直感的に分かりにくい、とよく言われています。
その困難さがどこから生じているのか、筆者個人としては流体現象の”見えづらさ”に起因しているのではないか、と考えています。
例えば空気(風)は透明であり、その動きそのものを人の目でとらえることはできません。我々は揺れる木々や漂う塵のように、風によって起こされる副次的な情報を見ることで間接的に把握しているに過ぎません。
また、水はそこに”ある”ことは見られますが、これが流水になりますとそこにあってそこにない、今見えているモノが一瞬後には別の水分子によって構成され、更に流れ全体としては別の形をとっていることもありえます。まさに行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらずの如く、非常に複雑でややこしい現象となって我々の前に立ちはだかります。
このような流体現象を知るために様々な方法で可視化しようと先人達は努力してきました。その為の手法は様々ですが、大まかには次のような方向性の分類ができるかと思われます。
①流れの中に見えるモノ(トレーサ)を混入する
②見たい場所に見えるモノを付けて、その様子を観察する
③流れている物質の物性変化から測る
各々の概略は以下のようになります。
①前述の塵のように、流れに”乗る”ことで流体と同じ挙動をする可視物体を混ぜ、その物体の挙動=流体の挙動を観測する手法です。シンプルかつ古典的な方法としては風上で煙を焚いて(灰を混ぜて)たなびいた方向に風が向いていると判断したり、上流で染料を混ぜることで下流の水がどう流れるかを観測すること等が挙げられます。また、より定量的な観測を目的とした手法として、蛍光粒子や油滴等の単体の流れの中における挙動を追うPTV(Particle Tracking Velocimetry)や、複数粒子の単位空間毎の平均移動量を観測して指標とするPIV(Particle Image Velocimetry)等が挙げられます。
図1:PIV装置の構成図[1] |
図2:PIV測定結果による場のベクトルの可視化[2] |
②例えば自動車であれば、走行時に主流が車の形に沿って流れるか、沿わずに剥がれて明後日の方向に流れてしまうか(剥離現象)は大きく空力性能に寄与することが知られています。物体表面近傍の流れ方を知ることはこのような性質を把握する為に重要です。そこで、十分軽い糸を貼り付けることでその方向を把握するタフト法や、油を塗布して描かれる模様で流れを観測するオイルフロー法等を用いることで物体表面近傍の流れの性質を測ることが行われています。
図3:船尾付近におけるタフト法の適用[3] |
図4:オイルフロー法による突起物周囲の流線の可視化[4] |
③光の本質は電磁波であることから透過媒質中の電子のふるまいの影響を受けます。例えば温度変化等によって空気の密度(影響を与える電子の数)が変わることによって、我々の目には光の屈折率の変化として捉えられる現象が生じます。夏に揺らめくかげろうが代表的な自然現象です。このような流体の状態によって変化する特性に起因する差を利用して観測する手法も多く提案されています。上記の密度変化は圧力/温度のどちらか一方が観測・測定範囲において十分変化が小さい時、もう一方の物性の変化が屈折率に影響することから、その空間毎の勾配の差を利用して視認する測定法はシュリーレン法と呼ばれます。また、スプリッターで分光した参照光と測定領域内の屈折率の差により生じる光学的位相差を干渉縞として測定するマッハツェンダー法等も知られています。
図5:飛行機周囲のシュリーレン法による衝撃波の可視化[5] |
図6:マッハツェンダー法の概念図[6] |
このように様々な手法が考案されてきましたが、多くの場合一つの手法から取得できる情報は限定的であり、観測したい複数の異なる値が一つの実験手法だけで得られることは稀です。また、手法によっては程度の差はありますが元の流れに干渉してしまう可能性もあることも考慮する必要があります。それ故に見たい情報の種類によっては非常に高価で大がかりな器材を揃える必要があります。
一方で数値解析による流体計算は、測定することは元の計算結果に干渉することなく取得でき、かつ一度に全ての情報を得ることが出来ます。(ここで、そもそも数値解析がどの程度実現象を表現できているか?と言う本質的な問いもありますが、今回は一旦隅に置いておきます。)
さて、以前の私の担当回でも書きましたが数値流体解析は計算機の発展と共に進化してきました。それは可視化も同様で、計算機やディスプレイ装置の高性能化に伴ってより解像度高く、よりリアルな見た目の結果が表示されるようになってきた歴史があります。また、ディスプレイ上に2D的に表示するだけに留まらず、VR装置による目の視差を利用することで3D的に流体解析結果を表示する試みも行われています[7]。
このように、これからも機器の高性能化に伴って更なる進化が見込まれる状態ではありますが、一方でこれは機器の有無によってアクセスできる流体の情報のクオリティに大きな差が生じてしまう危険性を伴っています[8]。情報格差が情報格差を生むこの現代社会において、それをただ流されるまま肯定することが正しいことなのでしょうか?ここで、一度その社会の風潮に逆らって敢えてプリミティブな、デジタルに頼らない誰でも流れを見られる方法を検討しても良いのではないでしょうか?
要するに
数値流体解析した結果を3Dプリントすることで物理的に実空間に”流れ”を再現します。
作る
今回はCFD(ソフトはAnsys Fluentを使用)を用いて、船舶が航行することで発生する波の様子を再現しようと思います。
船舶形状として3DBenchy[8]を利用しました。船舶として扱っていいかは諸説ありますが乗ってる先駆者もいるので多分船舶扱いでOKでしょう[9]。公式から形状をDLします。
3DBenchyの全長(船首から船尾までの距離)は約60mmになります。このサイズは3Dプリントにはちょうどいいですが船としては小さすぎて解析上直観的に値の設定がし難いので分かりやすいサイズに拡大します。今回は全長が一般的なゴムボートと同程度になる3mになるようスケーリングしました。
次に喫水(船が水上から沈む深さ)を求めます。より正確を期す場合重心からのピッチロールヨーも検討した方がいいですが今回は省略します。喫水はアルキメデスの原理より排水量(船が沈んで押しのける水の質量)と船舶の質量が釣り合うことから$\rho V(l)=M$の式が成立しており、ここから導くことが出来ます。全木造として計算したところ下の図のようになりました。なお鉄と仮定すると波の下の都に行きます。
図7:z=0平面と元の3DBenchy形状(右)、喫水線がz=0平面になるよう調整した3DBenchy形状(左) |
次にメッシュ作成の前処理として、主流に寄与しない割に詳細形状を再現する為に細かいメッシュが必要となる、コストパフォーマンスが著しく悪い要素を簡略化します。具体的には底面や船尾の文字を潰し、不要な穴を削除しました。また、抗力係数を一定と仮定した場合空気側の抗力は水側と較べておよそ0.6%程度と概算できます。これより空気側の構造物は大胆に削除しても問題ないと判断し、以下の図のようにしました。
図8:簡略化した3DBenchyの背面図 |
船体の相対的な位置が変化しない=大きく揺れたり跳ね上がったりしない仮定の下で、空気及び水が通る場所を計算対象とするため、直方体から前述の船体を差ブーリアンした形状にメッシュを作成します。波は船体の後方及び左右方向に広がっていくと想定できるため全長に対して十分な距離を取ります。一方で、前方も入口が近すぎることで船首が波を発生させるところに干渉することを防げる程度に余裕をもって作成しました。ここは発生した波がどの程度になるか、また人工的な境界から影響を受けていないか実際に解析して様子を見た方がよいでしょう。
更に、設定等を容易に行うことを念頭に以下のように形状を作成しています。
- 波形は左右対称と仮定し片側のみ作成
- 喫水線をz=0とし、その上下で分割
- 船体周りのメッシュの解像度を高く細分化する為の領域を作成
メッシュの後は流体解析の設定をしていきます。最終的に見たいもの=波の様相=空気と水の界面の様相を見るためにVOF(Volume of Fluid)法を使用します。VOF法は標準的な流体解析に加えて各セルに体積値α(0~1)を設定し、0のセルは相1(空気)が、1のセルは相2(水)が空間を占め、その切替わる場所を界面と見なす手法です。
今回は船体の相対位置が変化しない仮定をしていることから、流体側を船首側から船尾側に向かって流すことで船が進んだときの状況を再現できます。入口側から空気と水を10km/h (2馬力エンジンで動かす想定) で流入させます。また、今回は現象の性質から非定常を選択しました。
ある程度解析を回して、十分に時間が経ったタイミングで前述の体積値α=0.5を水と空気の境界面として抽出しました。仮定上左右対称故にミラーリングして表示しています。
図9:CFD解析による水面の表示 |
この界面はそのままだとかなり細かい凹凸があります。これは実際の波の様相を示しているというよりは流体空間に切られたメッシュ解像度に由来する為、以下の式を繰り返すことによって各ノードを隣接ノードの値に近づけることで丸め込みます。(尚これを未加工のまま残しておくと3Dプリント後表面が人肌に刺さりまくり、物理的に痛い思いをします)
$$ \mathbf{x} ^ {t+1}_i=\mathbf{x}^{t}_i+w \sum {\mathbf{x}^t_j-\mathbf{x}^t_i}$$
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| 図10:水面メッシュの表面処理(左が処理前、右が処理後) | |
出力したメッシュに土台と船の置き場を切り貼りして3Dプリントしたモノが以下になります。
図11:3Dプリントされた水面 |
いい感じに凹凸のある、波形が表面にある板ができましたね。正直、写真だとよく分かりませんが……
最後に
流れを再現できました。これでデジタルな機器に頼らず見ることができますし、更に、新たに触覚による知覚が出来るようになったことから、何か眼だけでは分からなかった流体のことが分かるようになるといいなあと思っています。
参考文献
[1]加藤 裕之,渡辺 重哉.”粒子画像流速測定法 (PIV) の大型風洞への適用”.
日本流体力学会誌「ながれ」,22 巻 (2003) 4 号 https://www.nagare.or.jp/download/noauth.html?dd=assets/files/download/noauth/nagare/22-4/22-4-t02.pdf
[2]Wikipedia,“PIV”.https://en.wikipedia.org/wiki/Particle_image_velocimetry (2026/10閲覧)
[3]一般財団法人 日本造船技術センター,2段タフト法による流場の可視化.https://www.srcj.or.jp/business/test-center (2026/10閲覧)
[4]NASA,"FAITH Hill at the Fluid Mechanics Laboratory".https://www.nasa.gov/image-article/faith-hill/ (2026/10閲覧)
[5] NASA,"NASA Captures Supersonic Shock Interaction". https://www.nasa.gov/image-article/nasa-captures-supersonic-shock-interaction-7/
(2026/10閲覧)
[6]Wikipedia,”Mach–Zehnder interferometer”.https://en.wikipedia.org/wiki/Mach%E2%80%93Zehnder_interferometer (2026/10閲覧)
[7]paraview,"データの表示".https://paraview-ja.readthedocs.io/ja/latest/UsersGuide/displayingData.html (2026/10閲覧)
[8]総務省,情報通信白書.https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h23/html/nc222100.html (2026/10閲覧)
[8]3Dbenchy,"#3DBenchy – The jolly 3D printing torture-test", https://www.3dbenchy.com/ (2026/10閲覧)
[9]Youtube,"3D Printed a Boat (World's Largest Benchy!)",https://www.youtube.com/watch?v=ilIubT7ands (2026/10閲覧)

